平成16年風水害の特徴と今後の課題

 

16年風水害検討チーム

 

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1.はじめに

2.平成16年風水害の特徴

  2.1.水文・水理及び洪水・氾濫被害の特徴

  2.2 土砂災害及び高潮災害の特徴

  2.3 気象・被災概要のまとめ

3. 平成16年連続風水害の背景と原因

  3.1. 気象

  3.2. 被害増大の背景

  3.2.1 これまでにない厳しい気象条件

  3.2.2. 河川整備の遅れ(特に中小河川)

  3.2.3. 流域の土地利用の変化

  3.2.4. 災害時要援護者の増加

  3.2.5. 社会構造の変化と情報連絡体制・避難体制

  3.2.6. 被災経験の減少

  3.2.7. 超過洪水の発生

4. 平成16年風水害の教訓と今後の政策の方向性

  4.1. 防災施設の適切な計画・整備と維持管理

  4.2. 災害経験の蓄積

  4.3. 災害情報の収集と提供

  4.4. 防災体制

  4.5. 超過外力への対応

  4.6. 災害時要援護者への対応

5. おわりに − 今後の調査・研究に向けて

[参考資料] 平成16年の風水害の事例

1. 新潟・福島豪雨

  1.1 水理・水文

  1.2 被害の状況

  1.3 各箇所の被災状況

  ●五十嵐川

  ●刈谷田川

  ●土砂災害

2. 福井豪雨

  2.1 水理・水文

  2.2 被害状況

  2.3 各箇所の被災状況

  ●足羽川

  ●足羽川のJR鉄橋

  ●土砂災害

3. 台風23号豪雨による円山川の災害

  3.1 水理・水文

  3.2 被害状況

  3.3 各箇所の被災状況

  ●円山川

  ●支川出石川

4. 台風21号による三重県の土砂災害

  4.1 水理・水文

  4.2 被災状況

5. 高潮災害

  5.1 台風16号

  5.2 台風23号

[16年風水害検討チーム]

 



 国土交通省国土技術政策総合研究所は、同河川局、北陸地方整備局と共に、平成16年7月13日の信濃川水系刈谷田川(かりやたがわ)流域に起こった豪雨災害について、一連の現象を計算で忠実に再現し、河川の上下流で実際に起きた洪水氾濫の様子を様々な角度からわかりやすく把握することに成功し、動画集として取りまとめました。
 なお、本件に関しましては、平成16年12月24日に国土交通省より記者発表が行われました。

 国土交通省記者発表資料へ








1.はじめに

 平成16年は、梅雨前線による集中豪雨や度重なる台風の上陸により、全国各地で水害、土砂災害、高潮災害等(以下「風水害」という。)が発生し、多くの死者・行方不明者を出した。

 平成16年の風水害は、昭和58年以来の近年希に見る大災害とも報じられている。一般的にも、特に風水害の多かった年との印象があるが、はたして本当に希に起こった大災害なのか。また、風水害が多い年であったとしても、「たまたま台風が多く上陸した」と単純に考えてしまって良いのか。地球温暖化の影響による気候のゆらぎ、土地利用の変化による地域の洪水への脆弱性の増加、社会状況の変化による警戒・避難態勢の弱体化等、社会・経済的なさまざまな要因の影響が考えられ、これを分析することが必要である。

 そこで、「なぜ平成16年は風水害による災害が多かったのか」という素朴な疑問に応えるため、平成16年の風水害はどのように大きかったのか、また、その要因は何なのか、風水害の特徴と今後の課題を検討した。以下に示すこの検討結果は、必ずしも十分に科学的な検証がなされたものばかりではなく、さらなる検証を必要とするものもあるが、速報的にとりまとめた。

 なお、国土交通省では1115日に豪雨災害対策総合政策委員会を発足させ、総合的な豪雨災害対策のあり方についての検討を進め、緊急提言が出された。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.1新潟・福島豪雨における浸水状況

(三条市)

 

2. 平成16年風水害の特徴

2.1 水文・水理及び洪水・氾濫被害の特徴

 平成16年は観測史上最多となる10個の上陸台風を記録した(表-2.1)。台風だけではなく、梅雨前線豪雨や集中豪雨も発生し、全国のアメダス100地点以上で各々時間雨量、日雨量の記録を更新した。また、洪水の発生状況を見ても、例えば台風23号では直轄河川において7水系9河川で計画高水位を突破し、23水系30河川では危険水位を突破するなど、多くの河川で大洪水となった。

 台風16、23号では950hPaの上陸後最低気圧を記録した。また、台風21号では強い雨域を伴った台風と台風の接近により前線が刺激され、三重県尾鷲観測所で876mm(9月28日4時〜9月29日22時)にもおよぶ豪雨が発生し、宮川水系等で水害が発生した。

 

表-2.1 台風の発生・上陸数(平成16年11月末時点)

      過去50年間(S29〜H15)データ

 H16

  最 多

     最 少

  平均

発生

39個(S42)

 16個(H10)

 26.9個

 27個

上陸

 6個(H2,5)

  0個(S59,61,H12)

  2.9個

 10個

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-2.1 高気圧の配置と台風の経路図

 

一方、7月には新潟・福島地方、福井地方で梅雨前線が活発化し、(1〜3)時間雨量では超過確率1/200を超えるような豪雨となった。その結果、新潟県内では信濃川支川 刈谷田 ( かりやた )川で11箇所が破堤するなど、65市町村が被災した他、福井市内では九頭竜川支川 足羽 ( あすわ )川が破堤し、市街地4kmが浸水した。都道府県管理区間の河川だけではなく、台風23号では円山川及び支川 出石 ( いずし )川の大臣管理区間で計画高水位を超え、2箇所で破堤し、約1万棟が浸水被害を受けた(内水被害を含む)他、由良川の氾濫では観光バスやトラック等が浸水中にとり残された。

 

2.2 土砂災害及び高潮災害の特徴

 豪雨は各地に土砂災害も発生させ、平成16年新潟県中越地震を除いても今年は統計をとり始めた昭和57年以降で最多の2,101件も発生し、特に新潟県では370件(他に中越地震267件)の土砂災害が発生した(表-2.2)。土砂災害による死者・行方不明者数は58名を記録(過去30年間の平均57名、最多337名(S57))し、鹿児島豪雨災害が発生した平成5年(死者・行方不明者174名)以来の数となった。例えば、三重県宮川村等では台風21号で、土石流等により死者・行方不明17名、全半壊30戸という大きな被害が発生するとともに、道路斜面の崩壊により小滝・滝谷等の集落へ通じる道路が途絶され、集落が孤立した。

 また、高潮被害も発生し、台風16号では瀬戸内海沿岸は異常潮位(低い気圧、満潮・大潮と重なった)となり、香川、岡山、広島等で約44,000棟が浸水した他、台風23号では高知県室戸市の 菜生 ( なばえ )海岸において、既往最高を4m以上も上回る13.55mという波高(室津(ナウファス)波浪観測計で観測:沿岸部での日本最高記録でもある)を記録した。これにより、3名の死亡、家屋13棟の崩壊、海岸堤防約30mの倒壊が生じた。

 


表-2.2 平成16年土砂災害発生件数

(上位5県他)

平成16年10月22日現在

(中越地震による土砂災害を含まず)

土石流

地すべり

がけ崩れ

 合計

新潟県

   13

   110

   247

   370

愛媛県

   51

    11

   151

   213

神奈川県

    2

     0

   170

   172

福井県

  100

     3

    44

   147

長野県

   23

    71

    41

   135

その他

  295

    90

   679

  1,064

全国計

  484

   285

  1,332

  2,101

 

2.3 気象・被災概要のまとめ

 平成16年に、全国各地で発生した風水害被害(土砂・高潮災害を含む)を総括すると、図-2.2、表-2.3のようになる。特に新潟・福島豪雨や台風18号により多くの家屋が全半壊・一部損壊した他、台風16、18、23号では5万棟以上の家屋が被災した。風水害被害額は道路や農作物などの公共インフラに関する直接的な被害だけでも1兆2千億円に達した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-2.2 平成16年全国の風水害発生状況図

 


表-2.3  平成16年風水害による被害状況

事  象

死者・行方

不明者数

負傷者数

全  壊

棟  数

半   壊

棟   数

一部損壊棟数

床上浸水棟数

床下浸水棟数

合  計

台風6号

 6月

  5名

   118

   1

    2

    149

       1

      41

   194

新潟・福島豪雨

 7月

 16名

     4

  70

 5,354

      94

    2,149

    6,208

 13,875

福井豪雨

 7月

  5名

    19

  66

  135

     229

    4,052

    9,674

 14,156

台風10号、11号

7〜8月

  3名

    19

  12

   15

      65

     218

    2,420

  2,730

台風15号

 8月

 10名

    22

  17

   23

     212

     695

    2,339

  3,286

台風16号

 8月

 17名

   267

  29

   95

    7,037

   16,799

   29,767

 53,727

台風18号

 9月

 45名

  1,301

 109

  848

   42,183

    1,598

    6,762

 51,500

台風21号

 9月

 27名

    97

  79

  273

    1,936

    5,798

   13,883

 21,969

台風22号

10月

  8名

   167

 167

  244

    4,495

    1,247

    3,592

  9,745

台風23号

10月

 91名

   486

 192

  910

   10,636

   21,783

   40,381

 73,902

     合  計

227名

  2,500

 742

 7,899

   67,036

   54,340

  115,067

254,084

注1)消防庁調べで、非住家被害は除いている。

注2)全壊及び半壊の定義

 全壊:損壊又は流失住家の床面積が延べ床面積の70%以上、又は住家の主要部分の損害割合が50%以上

 半壊:損壊又は流失住家の床面積が延べ床面積の20〜70%未満、又は住家の主要部分の損害割合が20〜50%未満

 

こうした一連の風水害により、今年の風水害による死者・行方不明者数は227名(過去30年間の平均118名、最多593名(S47))となり、年間の死者・行方不明者数で見ると、昭和59年以降で最多となった。年齢別内訳を見ると、年齢が判明している194名中の119名(61%)が65才以上の高齢者であった。洪水・氾濫災害に伴う高齢者の死亡リスクが高かったのが特徴である。

 以上の気象・風水害被害等の主な特徴をまとめると、次のようになる。

<気象等の特徴>

・勢力の強い台風が多数(過去最多)上陸した

・梅雨前線による短時間集中豪雨、台風による豪雨が広範囲に風水害を発生させた

・台風23号では大臣管理区間だけでも7水系9河川で計画高水位を突破した

<風水害被害の特徴>

・中小河川において越水、破堤被害が多く発生した

・過去最多の土砂災害が発生した

・広範囲の沿岸で高潮災害、異常潮位が発生した

・死者・行方不明者の約6割が65才以上の高齢者で、洪水・氾濫でも多くの高齢者が亡くなった

<防災対応の特徴>

・延べ約640市町村の160万人以上に避難勧告・指示が出された

 


3.平成16年連続風水害の背景と原因

3.1.気象

7月中旬に相次いで新潟県、福島県、及び福井県で相次いで発生した豪雨は、6月以降太平洋高気圧の強い張り出しのもとで高温傾向が続いていたときに、北から乾燥した空気が入りやすくなり梅雨前線が北陸から東北にかけて活発化するとともに、太平洋高気圧の縁に沿って暖かく湿った空気が東シナ海から日本海を通って流入し、強い雨雲が次々の発生したためとされている2),3)。その後も、太平洋高気圧の縁となっていた日本列島上空が台風の通り道となりやすい状態が10月まで続いた。このことが、10月末までの10個という日本への年間上陸個数記録更新の直接の原因となった(昨年までの最大記録は平成2年及び5年の6回であり、1971〜2000年の累年平均による平年値は2.6個である。)。しかし、台風の発生数自体は、今年は11月末までの段階で27個であり、平年値が26.7個(平年並みの範囲は25〜29個)であるから、特に平年よりも多かったわけではない。むしろ、九州・四国南海〜南西諸島付近の日本近海の海水温が、特に6月以降平年よりも0.5度以上高い状況が継続したことが、台風の強い勢力を保ったままでの日本上陸を助長した効果をもたらしたことの方を注目すべきであろう(図-3.1.1)。すなわち、太平洋高気圧の強い張り出しと日本近海の海水温の高い状況が、今年の台風上陸数を増やし水害を大きくした気象学的背景ということができそうである。

 それでは、なぜこのような高気圧の張り出しや海水温の正偏差が生じたのであろうか。前者については、フィリピン東海上の対流活動が活発であった(特に6,8月)点や、高緯度帯での大気の流れがオホーツク海高気圧の出現を妨げるような流れであった点等によるとされる2)が、その原因や後者の点については今後の研究の成果を待つ必要がある。なお、今年は年間を通じてエルニーニョやラニーニャ現象は発生していないが、太平洋赤道域中部において平年よりも1度以上高い高水温が継続していた。しかし、このような状況は、2001年後半以降断続的に現出しており、今年の異常な日本への台風上陸数と単純に関連づけることはできない。地球温暖化との関連も、現段階では定かではない。世界規模での異常天候との関連についても、日本で台風災害が相次いだ時期に特に多いわけではなく不明である。朝鮮半島において異常少雨となったのは日本に台風が集中したことの裏返しであろう。

 一方、実際に現出した降雨の方から見ると、上記のように、日本列島が台風の通り道となり、かつ、強い勢力を保って上陸する例が多かったことにより、記録的な豪雨発生が、特定の一部の河川流域のみに集中せず、かなり広域にわたって全国各所においてみられたことが大きな特徴である。そのことは、水害被害が広域化したことに如実に表れている。図-3.1.2に、日本最大規模のDD(降雨強度−降雨継続時間関係)関係式の直線とともに今年の新潟・福島、福井水害から始まる主要な水害時における、一部ではあるが主なアメダス観測所におけるDD関係の散布図を示す。日本最大規模のDD式と比較することで、全体として、1)1〜2時間程度の短時間降雨強度はさほど極値的ではない、2)むしろ、中小河川の洪水到達時間に対応する6〜12時間スケールでの降雨量が極値的である例が多い、3)三重県や徳島県内など、24〜48時間といった大河川の大規模洪水に結びつく時間スケールにおいても降雨量が極値的に大きい例が一部にあった、といったことが読みとれる。特に2)の点は、東海豪雨等でもみられたことであるが、刈谷田川や足羽川を始めとする中小河川での洪水災害の頻発の背景になっているものと考えられる。地点毎の過去の雨量資料からは予測できないような豪雨が発生していることから、今後、地点雨量の統計期間の短さを補足する手法(例えば気候区分毎のDD式など)が必要とされるようになると考えられる。また、これらの異常降雨の過去の発生状況を整理して把握し、将来動向の予測に結びつけていくことが重要になっていくであろう。

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.1.1 2004年8月における海面水温平年偏差(℃)。

濃い陰影部は海面水温が平年値より0.5 ℃以上高い領域を、淡い陰影部は平年値より低い領域を示す(平年値は1971〜2000 年の30 年平均値)。

 ※気象庁:エルニーニョ監視速報No.144より引用

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.1.2 平成16年度主要豪雨イベントにおける地点降雨量−降雨継続時間関係

※凡例項目別右端の数値は総雨量(mm)を示す。

 


3.2.被害増大の背景

3.2.1これまでにない厳しい気象条件

 前述のとおり、平成16年は梅雨前線の活動が活発であり、多くの台風が我が国に上陸した。また、これらによりもたらされた風雨は、これまでに経験したものよりもはるかに大きな規模のものであった。

 特に近年の傾向として、局地的な集中豪雨が頻発する傾向にある。図-3.2.1は、近年の集中豪雨の状況を示している。これによると、時間当たり50mm以上の降雨発生回数でみても、平成8年から平成15年までの8年間では年間平均271回の発生であったのに対し、平成16年は、1月から11月24日までの間で既に468回も発生している。

 このように、被害増大の背景の1つとしては、平成16年は、これまでになく厳しい気象条件であったことが上げられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.2.1近年頻発する集中豪雨

(出典:気象庁、平成16年夏から秋にかけての集中豪雨・台風等について、

報道発表資料、平成16年11月25日より)

 

3.2.2.河川整備の遅れ(特に中小河川)

 我が国は、近代以降、大河川の治水対策を優先して推進してきた。この成果により、平成16年の梅雨前線豪雨、台風による豪雨等をみても、大河川からの氾濫被害発生は極めて少ない。

 他方、これまで中小河川については、災害が発生したところを中心にして、再度災害防止の観点で河川改修等を進めてきたところが多い。このため、中小河川については、依然として河川改修が遅れている箇所が多く残っている。平成12年の東海豪雨による新川の氾濫、平成11年及び平成15年の 御笠 ( みかさ )川(福岡市)の氾濫(写真-3.2.1)等、近年、局地的な集中豪雨による水害が頻発しており、中小河川といえども、ひとたび氾濫すれば大きな被害をもたらす。また、外水氾濫だけでなく、内水による被害も近年の大きな問題である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-3.2.1御笠川の氾濫(福岡市)

 

3.2.3.流域の土地利用の変化

 戦後から今日までの我が国の発展の過程において、洪水時に氾濫が少なからず発生していた区域にも、住居、工場等が進出してきた。

 図-3.2.2と図-3.2.3は、平成16年7月の水害で全域が壊滅的被害を受けた新潟県中之島町の人口変化と製造品出荷額の変化を示している。これを見ると、今回、大きな水害被害を受けた中之島町の人口はこの20年間で2割増し、また、製造品出荷額はここ5年間で2割増している。低平地域に人口、資産が集まってきている状況が分かる。

 このように、従来は高度な土地利用がなされていなかった場所等の土地利用の変化が、今回の水害被害を大きくしたことも背景として上げられる。また、土砂災害や高潮についても、被災の危険性が高い区域の土地利用が増大してきているという同様の背景が考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図 -3.2.2 中之島町の人口推移


 

 

 

 

 

 

 

 

 


図 -3.2.2 中之島町の人口推移

 

3.2.4.災害時要援護者の増加

 我が国における今後の大きな課題として、急激な高齢化社会の到来が指摘されている。災害時に高齢者は、災害発生の認識が困難、災害の危険性の認識が困難、避難行動が困難、避難生活の不便さを思って避難しない、等のさまざまな理由から、一般に災害被害者になりやすい。また、普段の生活で介護を要する者の割合は、高齢者になるほど高くなるのが一般的である。既に全国的な傾向として、人口の4分の1がいわゆる災害時要援護者であり、さらにそのうちの半分が高齢者で占められている。図-3.2.4は、高齢世帯数の推移を示しているが、全国の高齢世帯数は、この20年ほどの間に3倍近くに増加している。これらより、全国で災害時要援護者の対策が減災の課題の一つとしてクローズアップされてきている。

 平成16年の風水害で被害を受けた各地は、他の地域と比較して特に災害時要援護者が多いところとは考えられないが、7月の新潟における水害では、亡くなられた方の8割が70歳以上の高齢者であり、平成16年発生の風水害による死者・行方不明者のうち年齢の判明している194人のうち6割が65歳以上であったことからも、災害時要援護者の増加が今年の被害を増大させた一因であると考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.2.4 高齢世帯数の推移


3.2.5.社会構造の変化と情報連絡体制・避難体制

 我が国は歴史的には稲作を中心とする農耕社会であったため、農作業を中心として集落で共同で作業するという社会構造であった。災害時の対応も同様に、地域のコミュニティにおいて、共同で堤防を築き、水防活動により堤防を共同で守り、風水害情報等を共有し、避難する時は「隣近所に声を掛け合う」という集団社会であった。地域内で過去の災害事例の伝承や防災への気構えの申し送りなども行われていた。災害時に援護が必要な高齢者、障害者等についても、この地域コミュニティが力を発揮し、地域として一定の災害耐力を有していた。

 ここ数十年において、社会構造が大幅に変革し、それに伴って特に都市部で地域コミュニティが崩壊しつつある。しかしながら、行政側の情報連絡体制や避難体制は、かつてのこのような地域コミュニティが存在していた時のものから、大きくは変更されていない。

 このように、行政側の情報連絡や避難に関する体制が、社会構造の変化への対応に遅れていた可能性もあり、風水害被害が増大した一因と考えることもできる。

 

3.2.6.被災経験の減少

 図-3.2.5は、我が国の洪水による死者・行方不明者数を示している。これによると、戦後の昭和20年代から昭和30年代にかけて、多くの死者・行方不明者を生じている。この結果、当時、一般の国民は、風水害等の危険性を強く認識していたと思われる。他方、前述のとおり、近年は局所的な集中豪雨が頻発しているものの、比較的死者・行方不明者が幸いにも少なかったこともあり、一般国民における風水害危険性等の認識は低かった可能性がある。また、心理的に、日常的な状態を前提にして楽観視してしまう「正常化の偏見」が働き、初動避難に遅れが生じた可能性もあるといわれている。

 同様のことが、市町村等地域の行政機関についても言える。避難指示・避難勧告を発出するのは市町村長であるが、市町村単位での専門技術者の不足、被災経験の減少により、市町村の担当者にも災害に対する意識の低下の危険性がある。被災経験の減少により、避難指示・避難勧告の発出も遅れ気味となり、また、避難勧告を受けた者も被災経験がないことから正常化の偏見による「まさか」という気持ちが強くなり、風水害の怖さを忘れ避難が遅れた可能性がある。今回の円山川で生じた洪水時にも、避難勧告が発出されたものの実際に避難したのは1割に留まっているというデータもある。また、浸水した後でも、浸水経験を持たない者は対処すべきことが分からない等の状況が生じ、被害を更に拡大させた可能性もある。

 このため、全国の市町村で、洪水ハザードマップ、土砂災害危険箇所図等の作成を進めているが、洪水ハザードマップについて言えば図-3.2.6に示すとおり、ここ数年で洪水ハザードマップを公表している市町村数は急増しているものの、依然、その割合は高いとは言えない状況である。また、ハザードマップが各戸に配布されていても活かされていないというマスコミ報道もある。


 なお、平成16年の風水害においては、指定された避難場所が浸水したり、アクセス道路が土砂災害等により使用できずに孤立したりする例があり、この点も問題であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.2.5 我が国の洪水による死者・行方不明者数の推移

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.2.6 ハザードマップ作成市町村数

 

3.2.7.超過洪水の発生

 平成16年は各地で計画規模以上の洪水が生じている。計画に用いる降雨等の外力は、生起確率を考慮して設定されることが一般的であるが、その確率を超えた計画規模以上の外力、すなわち超過洪水は、当然起こりうるものである。我が国の風水害対策等においては、一部の大河川における高規格堤防を除いて超過洪水の対策が計画に位置付けられている例は極めて少ない。治水施設が相当程度整備され、河川沿川に人口・資産が集積した地域での超過洪水の襲来は、甚大な被害をもたらす。

 

4.平成16年風水害の教訓と今後の政策の方向性

4.1.防災施設の適切な計画・整備と維持管理

 河川堤防等の防災施設については、その適切な計画・整備が不可欠であり、あらゆる対策の前提となるものである。また、計画上適切な施設であっても、日々の維持管理を疎かにすれば、災害時にその機能を十分に発揮できないことも生じうる。適切な計画・整備と日常の維持管理を、河川堤防等の防災施設について着実に実施していくことが、最も基本的なことで、かつ、極めて重要である。また、最近の頻発する豪雨を十分に踏まえ、必要に応じて計画を見直す等も検討しなければならない。

 

4.2.災害経験の蓄積

 一般に、治水施設等の整備が進めば進むほど、水害・土砂災害等の被災経験者は減少する。平成16年の風水害による被災以前では、洪水等の災害経験者が減少していたと思われる。災害の経験、特にその恐怖心は、他人に引き継ぐことが極めて困難であり、具体的な災害をイメージでき災害の危険性を認識できる者が少なくなっている。また、一般国民の災害に対する恐怖心が薄れ、「正常化の偏見」の影響も加わり、避難指示・避難勧告等に対しても鈍感になってきている恐れがある。

 今後、ハザードマップ等の作成を促進し洪水等について地域住民の意識を高めてもらうとともに、ロールプレイング方式等による実践的な防災訓練を地域コミュニティを含めて実施したり、擬似的に被災体験が可能な設備を推進する等、行政として地域住民ができる限り災害経験や災害イメージを持てるようにすべきである。また、このために不可欠な災害データについては、行政側において遺漏なきよう収集し、十分に蓄積し、適切に提供することが重要である。

 

4.3.災害情報の収集と提供

 一般に災害時には、情報は混乱するものである。そのような状況下においても、特に行政機関において重要情報についてはもれなく伝達され、避難指示発出等、必要な対応が的確に行われることが不可欠である。このため、行政組織の各担当者が、災害時のイメージを事前に十分持っておくことはもちろんのこと、情報が混乱した場合や、仮に行政機関が被災して通信機能などに支障をきたした場合等においても、行政機関間の情報のやりとりを中心とする連携が有機的に行えるよう日頃からの準備・訓練が必要である。

 また、行政が住民に対して発出する情報は、ややもすると専門的になりかねないので、受け手側の地域住民の立場に立って必要な情報を、分かりやすい表現とするよう工夫が必要である。行政側で集約した災害情報を、確実かつ分かりやすく地域住民に伝達する方法の1つとして、地域住民に直接災害情報を伝達する新たなシステム等も検討しなければならない。

 

4.4.防災体制

 災害時の防災体制は、実際に発災した場合の対応として、最も重要なものの1つである。地域と行政が連携した効果的・効率的な防災活動を行うためには、まずは地域の水防活動の拠点ともなる河川防災ステーションや水防倉庫等の施設を十分に整備することが重要である。これらの施設を活用するため、水防団の活動を支援しつつ自主防災組織、企業内防災組織を活用したり、これらの組織を支援するNPOとの連携を視野に入れた防災体制の確立を目指すとともに、ロールプレイング方式等による実践的な防災訓練を実施すべきである。これらと併せて、現代社会にあわせた水防体制の見直しも必要である。

 また、市町村が指定する災害時の避難場所は、地域の学校等が多いが、必ずしもそこは全ての災害に対して安全な場所とはなっていない。今後、避難所に指定する場所については、いろいろな災害に対する安全度を比較し、地震時には使えるが水害時には浸水し、避難所としての機能が果たせないということがないよう、十分に検討していくべきである。

 さらに、市町村長は、降雨データ、河川の水位データ等を総合的に勘案して避難勧告を出すことになるが、市町村長は必ずしも防災の専門家ではなく、避難勧告等発出の目安もないため、判断を躊躇する場合があり得る。避難指示・避難勧告を適切な時期に発出できるよう、最悪のシナリオを想定して何らかの発出の目安となるものを関係機関と協議して事前に作成しておくことが必要である。

 

4.5.超過外力への対応

 戦後の荒廃期からこれまでは、洪水等災害に対する備えとして目標とする外力規模を設定し、それに対応する施設等の整備を進めることを主としてきた。これにより、一定規模の自然からの外力に対しては、施設による防備が可能となり、一定の安全度が確保されるに到った。

 しかしながら、平成16年は、各地で計画規模以上の洪水が生じて大きな被害を受け、超過洪水に対する備えがまだまだ不十分であることを痛感した。懸命なる水防活動により破堤にこそ到らなかったものの、大きな氾濫を引き起こす危険性が高かった河川も多かった。

 想定以上の外力をすべからく考慮した施設設計は、現実的に極めて困難であるが、どのような超過洪水が生じても壊滅的被害を避ける方法について、ソフト対策を含めた対応が極めて重要になってきている。このことから、特に中小河川については、氾濫しても壊滅的な被害は免れるという発想で、万一洪水が発生しても許容するような地域づくりが必要とされている。このためには、越水しても破堤しにくい堤防構造(ねばり強い堤防)、流域の遊水機能の保全、耐水性建築、土地利用の工夫等の推進と、これらのための社会制度の整備が必要となる。

 

4.6.災害時要援護者への対応

 平成16年の風水害では、いわゆる災害時要援護者の被災が特に目立った。浸水、氾濫により急激な水位上昇で逃げ遅れるなどが原因であった。

 災害時要援護者は、一般に災害情報の取得・認識・判断に時間を要し、かつ、避難に時間を要するため、災害情報を一般よりも早い段階での提供が必要であるとともに、それぞれの弱点に対応したきめ細やかな災害情報の提供が必要である。また、災害時要援護者本人に対する情報提供だけでは不十分であり、災害時要援護者を援護する者に対しても、適切かつ的確な情報提供が不可欠である。

 また、避難体制などについて災害時要援護者を考慮したものに見直す必要がある。例えば、歩いて避難することを前提としていたり、避難所に指定された場所での生活が要援護者には困難である等、災害時要援護者を必ずしも考慮している体制とはなっていない。今後、一定割合の災害時要援護者の存在を前提とした避難体制や連絡体制とすべきである。

さらに、これまで災害時に災害時要援護者の避難を支えてきたのは地域コミュニティである。行政による要援護者支援にも一定の限界があるため、災害時要援護者を支援する地域コミュニティを、公的機関で支援する検討が必要である。しかし、地域によってはその仕組みが困難なところもあり、行政が直接災害時要援護者の援護をすることも検討していかなければならない。

 

5. おわりに − 今後の調査・研究に向けて

今年の風水害を教訓として、研究すべきことは多い。なかでも、中小河川における越水による破堤・氾濫メカニズムとそれへの対策、高潮・高波の予測と対策、土砂災害を発生させた要因などがある。ソフト研究としては、減災体制、情報の収集・伝達、避難勧告・指示の発令基準、高齢者の避難誘導等への対応などがあげられる。

 これらを受けて、調査・研究すべき主要なテーマを4.「今後の政策の方向性」の項目に従って列挙すれば、以下の通りである。なお、各災害共通又は洪水・氾濫災害以外のテーマについては、( )に対象災害名を明記した。

【堤防・防災施設の適切な計画・整備・維持管理】

・氾濫原の重要度に応じた治水安全度に基づく施設計画

・堤防や防災施設の維持管理手法に関する研究

    例)縦断方向の堤防高管理、堤防内の空洞探査

・堤防や防災施設のモニタリング手法に関する研究

  例)侵食・浸透モニタリング・センサー

【災害経験の蓄積】

・災害データベースの構築

・災害危険意識の高揚方策に関する研究

  例)災害を擬似体験できるツール

【災害情報の収集と提供】

・中小河川における洪水予測技術の開発

    例)簡易な流出・水位予測、水位データの補完技術

・高潮時の波高・うちあげ高等をリアルタイムで予測するシステムの構築(高潮)

  例)波浪推算モデル

・避難勧告・指示の発令基準の策定に関する研究


  例)洪水位上昇を考慮した発令基準、警戒避難情報のあり方(高潮)

  例)短時間雨量予測等を考慮した発令基準、警戒避難のあり方(土砂)

・情報伝達手法の検討

・災害情報の収集・伝達技術の開発

    例)地域に直接災害情報を伝達するシステム

【防災体制】

・水防体制の活性化に関する研究

・避難所の安全度評価手法に関する研究

・水災防止体制の整備に関する研究

    例)自主防災組織、企業内防災組織、地域コミュニティによる支援手法

・住民参加型防災まちづくりに関する研究

  例)洪水・高潮ハザードマップ作成への住民参加

・実践的な危機管理トレーニング手法の開発

【超過外力への対応】

・堤体の締固め及び越水に脆弱な堤体の強化による耐越水性の評価

・洪水流と氾濫流を一体化した氾濫解析手法の開発

  例)FDS(流束差分離法)による詳細な浸水深・流速の予測

・氾濫流による家屋流失プロセスの水理模型実験による検証

・河道改修、遊水地、ダムの組合せによる超過洪水対応手法及びその社会制度の検討

【災害時要援護者への対応】

・災害時要援護者のタイプに対応した情報提供手法に関する研究

  例)聴覚障害者(FAX、ポケベル)、緊急通報システム

・災害時要援護者の避難誘導手法に関する研究

【その他】

・戦後以降の年最大降雨量(流域平均雨量)の極値変動に関する分析

・種々の気候変動要因による豪雨の変質に関する研究

  例)ヒートアイランド現象等が豪雨におよぼす影響

・農地と連携した遊水機能の保全手法

・治水機能向上のためのダム操作・運用の見直し方法に関する研究

 

【参考文献】

1)   栗城・末次・小林:洪水による死亡リスクと危機回避、土研資料No.3370、1995

2)   気象庁報道発表資料:平成16年夏から秋にかけての集中豪雨・台風等について、平成16年11月25日

3)   気象庁:気候系監視報告、平成16年6月〜9月

4)   気象庁気候・海洋気象部:エルニーニョ監視速報、No.142〜145

5)  深見、松浦、吉谷、金木:2000年9月東海豪雨のDAD特性に関する一考察、水文・水資源学会2002年研究発表会要旨集、pp.102-103.


【参考資料】

平成16年の風水害の事例

 

1. 新潟・福島豪雨

1.1 水理・水文

●特  徴

短時間、長時間とも超過確率の低い降雨

●雨  量

日降水量421mm(7月13日、栃尾市)

最大時間雨量58mm(栃尾市)

●ピーク水位

23.97T.P.m(五十嵐川の島潟観測所、計画高水位22.46T.P.m )

20.36 T.P.m(刈谷田川の大堰観測所、計画高水位20.47T.P.m)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-1.1  7月13日0時〜13日24時の累加レーダ雨量

 

1.2 被害の状況

●人的被害(新潟と福島の合計)

死者16名(内土砂害が2名)、全壊家屋70棟、半壊・一部損壊5448棟、床上浸水2,149棟、床下浸水6,208棟

 


1.3 各箇所の被災状況(注:各河川の被災状況の考察は現地調査の結果による)

●五十嵐川(3.3k左岸破堤地点)

破堤点では、写真-1.1のように、シルト質細砂からなる堤体が117mにわたって破堤しており、堤内地側水田に一面に土砂が広がっていた。また、破堤点近辺では堤防の裏のり崩壊箇所も見られた。現地の報道によると、過去大正15年にほぼ同地点の堤防が破堤していた記録があるとされており、目撃情報や学識経験者の意見を踏まえた今後の詳細な破堤原因の究明が求められている。他に、ガードレールによる多量の塵芥の捕捉、住居シャッターの内向き破壊、道路舗装の破損等が見受けられた。また、一帯にはおよそ人の丈程の位置に痕跡が存在していた。これらのことから、付近では相当の水深や流速が生じていたものと推定される。

 市街地では写真-1.2のように、調査時においても避難勧告・指示が出されていた浸水区域の住宅には、避難所へ避難していない、もしくは後片付けのために帰宅したと思われる住民が数多く見受けられた。一方同時に、救命ボート、ゴムボートや、自衛隊、警察等のヘリコプターを用いた救助が継続的に行われていた。また、三条市内における9名の死者のうち6名は65歳以上の高齢者であり、その多くは溺死とみられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.1 五十嵐川三条市内の破堤状況

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.2 住民の救出活動


●刈谷田川(9.3k左岸破堤地点)

 今回の豪雨に伴い信濃川支川刈谷田川およびその二次支川では破堤被害が相次ぎその数は6箇所に及んだ。特に中之島町付近では、警戒水位を超えた約3時間後には水位が警戒水位を4m近く上回り、13日13時頃、中之島地先左岸において破堤による家屋等の流失・浸水被害が発生した。この破堤の氾濫流等により、中之島町における死者は3名、住家被害は全壊15棟・流出55棟・半壊314棟に及んだ。写真-1.3の破堤点付近は、川幅が漸拡する湾曲部外岸側である。破堤点付近は堤防沿いに人家が連担しており、家屋の損壊状況や外水による洗掘によって生じる落堀の形状等から推測される氾濫流の向きは南西方向(堤防法線に対して垂直よりやや下流向き)であるが、氾濫流の到達しやすい道路沿いの家屋ではやや離れた地点でも写真-1.4のように損壊が見受けられた。破堤点直近の寺は完全に流失しその跡には落堀が形成されており、そのやや下手側には落堀から運ばれたと思われる大粒径の土砂(最大粒径約20cm)が高さ約1.3mの高さまで堆積していた。破堤に伴う高流速の氾濫流による特徴的な被害としては、家屋の流失の他にアスファルト舗装の剥離や墓石の流出などが数多く見られた。破堤幅は約50mであり、粘性土から成る堤防の下部の一部を除きコンクリート護岸が施された堤防のほぼ全体が損壊していた。当該箇所の破堤原因は今のところはっきりしていないが、対岸にあたる右岸側には越水痕跡があるのに対して、破堤箇所の直上下流では越水痕跡を発見することはできなかった。現場を目撃した住民の証言には、堤防側面から水が噴き出していたという話と堤防上を水が溢れていたという話がある。今後、破堤原因の究明が必要と思われる。14日午前の調査時には、市街地の至る所に破堤に伴う土砂の堆積が見受けられたが、破堤点付近の浸水はほとんどない状況であった。破堤点では堤防応急復旧の着手準備が進められていた。また22日午前の調査時には、堤防応急復旧は完成しており、堤内地側の寺、家屋等の復旧作業が自衛隊やボランティアにより進められていた。

上流の刈谷田川ダムにおいて、流量Q=193m/s(最大流入量Q=275m/s時に放流量Q=82m/s)を調節したことにより約325万mの洪水を貯留したため、下流の氾濫量の軽減に寄与した。




 国土交通省国土技術政策総合研究所は、同河川局、北陸地方整備局と共に、平成16年7月13日の信濃川水系刈谷田川(かりやたがわ)流域に起こった豪雨災害について、一連の現象を計算で忠実に再現し、河川の上下流で実際に起きた洪水氾濫の様子を様々な角度からわかりやすく把握することに成功し、動画集として取りまとめました。
 なお、本件に関しましては、平成16年12月24日に国土交通省より記者発表が行われました。

 国土交通省記者発表資料へ






 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.3 刈谷田川中之島町内の破堤状況


 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.4 中之島町内の家屋損壊状況

 

● 土砂災害

・がけ崩れの事例

調査した範囲では、新第三紀の堆積岩(砂岩・泥岩)を基岩地質とする地域において、最大崩壊深が3m以上のやや深い崩壊(一部、基岩まで崩壊している)が発生し、崩壊土砂が長距離移動したがけ崩れが多く見られた。

写真-1.5は出雲崎町大字中山で発生したがけ崩れの様子である。ここでは人家裏の斜面で崩壊が発生し、崩壊土砂が民家を直撃した。民家は全壊し、女性1名(72歳)が死亡した。崩壊地頂部から家屋まで水平長は120m、崩壊地幅は10〜30m、崩壊深は10m程度であった。家屋周辺の崩壊土砂の堆積厚は約4mであった。斜面は杉の人工林であり、崩壊土砂には多くの杉の倒木が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.5 出雲崎町大字中山で発生したがけ崩れの様子

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-1.6栃尾市平地区の地すべりのBブロックを望む(国道290号栃尾大橋付近)

 

・地すべりの事例

調査範囲では、比較的緩勾配(30度以下)な人家裏山等において、地すべり性の土砂移動が発生し、人家に影響を及ぼした箇所が多く見られた。

栃尾市平地区では、国道290号に隣接する斜面で地すべりが発生した。地すべり斜面は幅約110m、奥行約40m、勾配約25°で、左右2つのブロック(A、B)に区分される。写真-1.6の斜面に向かって右側のBブロックで、幅約40mにわたって地すべりが起こり、1戸が全壊した。

Bブロックに比して、左側のAブロックには大量の土砂が残っている。Bブロック頭部には約4mの段差を生じており、ブロック内にも深さ数10cm以上の明瞭な亀裂を多数有する。Aブロック上部の斜面(竹林)は滑落崖に並行する凹地(深さ約1m)となっている。

この地すべりにともない、国道290号栃尾大橋のアバットメント付近の土砂が流出し、国道290号は現地で全面通行止めとなった。また、7月21日時点で20世帯60名の住民が避難中である。

・土石流の事例

写真-1.7は栃尾市大町で発生した土石流により被災した寺院である。寺院本殿から上流に400m程度の斜面において、幅50m程度、長さ20m程度、深さ15m程度の崩壊が発生した。それによって生じた土砂が流れ下り、寺院を直撃した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

写真-1.7 土石流の直撃を受けた寺院の様子


2. 福井豪雨

2.1 水理・水文

●特  徴

 新潟・福島豪雨以上に豪雨が短時間集中

●雨  量

日降水量(7/18)283mm(美山町)、197mm(福井市)、

最大時間雨量88mm(美山町)、75mm(福井市)

●ピーク流量

流量Q≒2,400m/s(氾濫戻し流量、足羽川12.5k)

既往最大流量Q≒1,100m/s(昭和61年)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-2.1 7月18日0時〜18日24時の雨量データ

 

2.2 被害状況

●人的被害(土砂害含)

死者4名、行方不明1名、負傷19名

全壊家屋66棟、半壊家屋135棟、一部損壊229棟、床上浸水4,052棟、床下浸水9,674棟

 

2.3 各箇所の被災状況(注:各河川の被災状況の考察は現地調査の結果による)

●足羽川(4.7k左岸破堤地点)

破堤日時:7月18日13時:45分

 状  況:被災状況と被災原因を以下に示す。

・内岸高水敷上(市民広場)で芝面が剥がれ、外岸高水敷上に砂及びシルトが堆積しており粗度係数の相違が明瞭に現れた。

・破堤点近傍において河道内の中州の侵食が顕著であり、破堤点近傍へ向かう流速がかなり大きかったことが推測される。

・破堤点下流の北陸本線橋梁への流木集積が顕著であり、特に根の付いた流木の流下形態は鉛直に立つ傾向が高いため橋桁に引っかかりやすいと考えられる。また北陸本線の新旧橋梁は近接橋となっており、また新旧橋梁の橋脚が流れ方向に一直線上にないため河積阻害が大きいことも、流木が集積しやすい一要因と考えられる。

・破堤時の堤内地湛水位は約1m程度で、破堤の極近傍の住宅のみが衝撃で家の壁が破損・流失している。 

破堤原因としては種々考えられるが、いずれにしても計画の約1.3倍または既往最大の2倍近い流量であったことがそもそもの原因である。詳細は検討中であるが、破堤箇所周辺の左岸堤防や対岸の右岸堤防の広い範囲で越水痕跡があり、どこで破堤してもおかしくないような状況であった。破堤箇所の予測はかなり困難であったことが推測され、避難誘導の重要性が認識された。

 破堤地点の堤防には高水護岸が施工され洪水後も残っており、破堤点近傍の左岸高水敷には、30cm程度の厚さのシルト質砂が広く堆積していた。このことから、高水護岸の存在によって破堤開口部からの流出量の増大をある程度防止できたものと考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.1 破堤時状況

 

●足羽川のJR鉄橋

運転中止:北陸線7/18の7:40〜21:22、福武線7/18の7:30〜18:15、勝山永平寺線7/18の8:09〜21:30

橋梁の流失:越美北線の5つの橋梁

越美北線の5つの橋梁が流失した原因は@流木などが橋桁などに集積し予想をはるかに超える外力がかかったこと、A橋脚の根入れが少なかったこと。B橋脚に鉄筋が用いられていなかったことによる強度不足、C流水の阻害が大きく流木などが集積しやすく水位せきあげが大きかったこと 等が考えられる。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.2 鉄橋流失(JR越美線 第5足羽川橋梁)

 

●土砂災害

ヘリコプターによる調査によって、今回の降雨に伴い発生した山腹崩壊が一部で確認された(写真-2.3)。今回確認した土石流については、短時間に降った大量の降雨により侵食された渓岸・渓床の土砂が土石流化し、流下後に集落で氾濫堆積した状況が大部分であった。

今後、土石流等の発生・流下・氾濫堆積の状況について既設砂防施設の効果も含めて調査を行った上で、土砂災害対策について検討する必要があると考えられる。

・美山町 蔵作 ( くらつくり ):土石流災害の事例

土石流は蔵作川の右支川 稗苗 ( ひえ )川を流下し、本川との合流点付近で氾濫をしている。(写真-2.4)蔵作川本川では上流から流下してきた土砂が橋梁部分を埋塞したことにより、氾濫が生じた。(写真-2.5)土石流の発生源は上流の山腹崩壊によるものと考えられ、本川上流の渓流保全工内には直径1.0〜1.5m程度の巨礫が停止しているが、この発生源は不明である。

・福井市 浄教寺 ( じょうきょうじ ):土石流災害の事例

上流部の山腹崩壊に起因する土石流が 一乗谷 ( いちじょうだに )川の右支川を流下し、集落内で氾濫堆積をした。(写真-2.6)一乗谷川本川は上流から流下してきた土砂が橋梁下部の空間を埋塞し、氾濫が生じた(写真-2.7)。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.3 山腹の崩壊状況

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.4 美山町蔵作の被災

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.5 土砂氾濫状況(美山町蔵作)

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.6 福井市浄教寺の被災

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-2.7 土砂氾濫状況(福井市浄教寺)

 

3. 台風23号豪雨による円山川の災害

3.1 水理・水文

雨 量:日降水量278mm/2日(立野上流域)

日降水量 317mm/2日(弘原上流域)

ピーク水位:8.29T.P.m(円山川水系 円山川 立野観測所 計画高水位8.16 T.P.m)

  11.77 T.P.m(円山川水系 出石川 弘原観測所 計画高水位11.77T.P.m)

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.1 10月20日0時〜21日0時の累加雨量データ

 

3.2 被害状況

●住宅被害(円山川流域)

床上浸水4,974棟、床下浸水5,358棟

 全壊22棟、半壊244棟、軒下浸水1,276棟

 

3.3 各箇所の被災状況(注:各河川の被災状況の考察は現地調査の結果による)

● 円山川13.2k右岸破堤地点

兵庫県豊岡市の円山川右岸で約120m破堤、左岸側堤内地も円山川河川水位の上昇に伴い、内水 排水ができず、豊岡市のほぼ全域が浸水した。同時多発的水害への対応も備えが必要である。また、排水機場には、除塵設備が設けられているが、排水河川の流木等による疎通能力の低下にも配慮が必要であろう。

●支川出石川5.3k左岸破堤地点

兵庫県出石町の円山川支川出石川の左岸で破堤し、一連堤防の背後地の宅地、農地がすべて浸水したため、広域的な応援による多数のポンプ車で強制排水が行われ、ポンプ車の機動的運用が効果を発揮した。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-3.2 被災箇所平面図

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-3.1 被災箇所平面図

(円山川13.2k右岸)

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-3.2 被災箇所平面図

(出石川5.3k左岸)

 

4.台風21号による三重県の土砂災害

4.1 水理・水文

●特  徴

短時間雨量、連続雨量ともに既往最大を記録した

●雨  量

日降水量382mm(9月29日、宮川村)

最大時間雨量125mm(宮川村)

 三重県宮川村明豆地点において9月29日6時から10時までの連続雨量665mm(12時から機械故障のため欠測)、午前9時から10時までの時間雨量125mmを記録した。

1959年伊勢湾台風当時の宮川村測候所の観測記録では3日間の総雨量が725mm、日雨量328mmであった。今回の総雨量は同程度であり、日雨量は宮川ダムにおいて382mm(9月29日),最大24時間雨量は549mm超と伊勢湾台風時の2日間雨量469mmを超える雨量を記録しており、短時間に集中したことが分かる。図-4.1に最も降雨量の多かった時間のレーダ雨量図を示す。

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-4.1 三重県宮川村レーダ雨量図

 

4.2 被災状況

 1457世帯3929人に避難勧告が9月29日10時10分に小滝、栗谷地内に、また10時30分には村内全域に発令され、10月2日一部避難指示に改め10月10日には解除された。

死者行方不明 7名(三重県全体では10名)このうち65歳以上の高齢者が6名、家屋の全壊44戸。

小滝地区において斜面上部からの崩壊によって死者1名、家屋全壊1戸が発生。滝谷地区においては死者行方不明者5名、家屋の全壊3戸が発生した。

 伊勢湾台風の宮川村での被害は家屋の全壊38戸で死者は発生しなかった。

集落の孤立等について、災害直後の新聞報道等がなされたが内閣府等の災害報告において記録は残されていなかったが。村内のいたるところで崩壊が発生しており、小滝、滝谷等では国道422号沿いの斜面において斜面崩壊が発生していることからそれら集落およびその周辺において交通の途絶が発生したものと考えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-4.1 三重県宮川村小滝地区斜面崩壊状況


 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-4.2 三重県宮川村小滝地区における斜面崩壊状況

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-4.3 三重県宮川村久豆地先土石流被災状況

 

5. 高潮災害

5.1 台風16号(瀬戸内海沿岸の高潮)

●海象

 気圧→高松:978.1hPa、岡山978.1hPa、広島972.1hPa

 風:瀬戸(豊予海峡)39m/s、明石30m/s、徳島28m/s、高松13m/s

 潮位→高松:2.46m(既往最高;潮位偏差1.33m)、宇野:2.55m(既往最高)、姫路2.28m

 波浪→江井ヶ島(明石):4.44m(既往最大)

 

 

 

 

 

 

 


図-5.1 高松の潮位・潮位偏差(出典:気象庁資料)


 

 

 

 

 

 


図-5.2 2004年各台風時の高松の最大潮位偏差・最高潮位

 

●被災状況

@浸水域

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-5.3香川県の浸水域(出典:河川局海岸室資料)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


図-5.4岡山県の浸水域(出典:河川局海岸室資料)

 


A人的被害

 死者3名(高潮によるもののみ)

  高松:一人暮らしの80代の女性が自宅で死亡

  高松:30代の男性が地下道において車内で死亡

  倉敷:80代の女性が自宅で死亡

B家屋被害

高松(床上浸水3,538戸、床下浸水12,023戸)、倉敷(床上浸水2,643戸、床下浸水1,693戸)など

C被災原因

 高松周辺では台風の接近が大潮の満潮時と重なる

 強風による豊後水道および紀伊水道からの海水の大量流入→潮位偏差の増大

●その他

 避難勧告等の発令、地域における高潮への対応について課題が指摘されている

    

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-5.1高松市内の浸水状況(出典:河川局海岸室資料)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-5.2倉敷市内の施設被災状況(出典:岡山県HP)

 


5.2 台風23号(高知県菜生海岸被災)

●海象

 気圧→室戸岬:961.7hPa、高知967.0hPa、土佐清水957.3hPa

 風:室戸岬45m/s、油津22m/s、高知11m/s、土佐清水19m/s

 潮位→室津港:2.29m(既往最高を0.77m上回る)、室戸岬:2.89m(既往最高)

 波浪→室津港:13.55m(既往最大を4.1m上回る、全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス)で観測)

戸原(高知):7.76m(既往最大)

 

 

 

 

 

 

 

 


図-5.5  2004年各台風時の室戸岬の最大潮位偏差・最高潮位

 

 

●被災状況

 高知県室戸市室戸岬町高浜地区において越波により被害発生(室戸市〜安芸市の土佐湾沿岸で越波)

@人的被害

死者3名(75歳以上)、重傷2名、軽傷2名

A家屋被害

 全壊5棟、半壊3棟、一部損傷4棟、床上浸水6棟、床下浸水3棟

B海岸保全施設の被害

 菜生海岸(高浜地区)において堤防被災(約30m)

C被災原因

 既往最大を大きく上回る波浪、潮位

暴風圏、強風圏が異常に大きく、波浪が発達しやすい気象条件にあった

気圧低下による吸い上げ効果や風の吹き寄せ効果に加え、波浪による水位上昇(wave setup)が潮位に影響

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


写真-5.3 高知県菜生海岸の被災状況(出典:河川局海岸室資料)

 

表-5.1 室津港の過去の高波時との比較

台風

波高(m)

周期(s)

室戸最短位置における暴風圏直径(km)

室戸最短位置における強風圏直径(km)

0423

13.55

15.8

560

1450

9313

9.45

10.9

190

540

9810

7.19

10.7

140

650

9426

7.02

14.2

240

700

9918

6.34

10.6

200

650

9612

6.32

10.3

200

550

9708

6.31

10.8

300

510

9807

6.23

13.4

160

495

 


 

 

※16年風水害検討チーム

 

国土技術政策総合研究所

  環境研究部長          福田晴耕

   環境研究官           中村敏一

   河川環境研究室長        藤田光一

  河川研究部長          猪股 純

   流域管理研究官        和田一範

   河川研究室長         末次忠司

   河川研究室主任研究官     坂野 章

   河川研究室主任研究官     日下部隆昭

   海岸研究室長         福濱方哉

   海岸研究室主任研究官     加藤史訓

   海岸研究室主任研究官     野口賢二

  ダム研究室主任研究官     服部 敦

 沿岸海洋研究部長        細川恭史

  沿岸防災研究室長       小田勝也

   沿岸防災研究室主任研究官   岡本 修

   沿岸防災研究室研究官     熊谷兼太郎

 危機管理技術研究センター長   杉浦信男

  砂防研究室長         小山内信智

  砂防研究室主任研究官     清水孝一

  水害研究室長         中村徹立

   水害研究室主任研究官     佐々木淑充

独立行政法人土木研究所水工研究グループ

   水理水文チーム上席研究員   深見和彦

   水理水文チーム研究員     栗林大輔

   水理水文チーム交流研究員   清水敬生

[事務局]河川研究室、水害研究室

 

 

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