水害危機管理に関する教訓事例集


 近年、記録的な大雨や局地的・短時間の豪雨が頻発する傾向にあり、全国各地で中小河川の氾濫等による水害が発生しております。
近年大きな水害に見舞われていない自治体においても、平常時から適切な対策を講じる事の重要性が増していると言えます。
 近年、水害の被災を経験された地方自治体等では、災害時の危機管理対応の実態や課題の検証などを行われている例があります。
 国土技術政策総合研究所河川研究部水害研究室では、被災された地方自治体の知見の全国的な共有および被災経験の無い地方自治体の水害危機管理の向上を支援することを目的に、 「水害危機管理に関する教訓事例集」を作成しました。
具体的には、平成16年~平成26年に発生した水害から、実際に起きた課題を横断的に抽出・分類し、同様の課題発生を防ぐため普段から確認しておきたい51の教訓にまとめました。
防災体制の見直しにお役立ていただければ幸いです。



「水害危機管理に関する教訓事例集」作成方法





リストの項目の解説

大項目・小項目:確認内容の分類です。
確認項目   :水害発生時に備え普段から確認する事項です。
要点     :各確認項目について、課題の解説や対策の例示をしています。
事例参照   :既往水害において発生した課題事例の一部を紹介しているページにリンクします。


大項目 小項目 項目番号 チェック項目 要点 確認 事例参照
施設整備 河川の観測・監視 1 特に氾濫の危険性が高い区間には水位計が設置されているか。 効果的な水防活動や避難勧告のためには河川水位を監視し、氾濫の予兆や状況を把握することが重要となる。このため、氾濫等の危険性が高い区域においては、水位計等の観測機器が設置されていることが望ましい。 また、観測機器が無い場合は、水防団の巡視や近隣住民による通報等により、河川状況を把握する体制を整備する必要がある。ただし、巡視活動においては、豪雨や強風の危険を避ける対策が必要である。 事例1
2 観測機器の点検はされているか。水没・落雷等による機器の機能不全時の対応は準備されているか。 観測機器については点検・維持管理を行い観測機能を維持されている他、氾濫等が発生している間にも観測が可能な構造となっていることが望ましい。観測機器の測定限界がある場合は、一定の水位を超えた場合に観測員が安全な場所から目視する等のルールを設けておくことが重要である。 事例2
災害時の通信手段の確保 3 災害時の危機管理のために専用で使える通信手段があるか。 水害発生時には現場、関係機関、災害対策本部等の間で情報の伝達や共有を行う必要がある。一方、水害発生時には多くの住民等からの問い合わせ等により電話回線がビジー状態となることが予想されるため、緊急連絡等重要な伝達に支障が生じないよう、電話回線の分離や別の通信手段の確保等により、確実で効率的な伝達手段を確保することが望ましい。 事例3
4 断線や落雷、浸水等による通信機能停止の危険性はないか。万一の事態に備えた代替通信手段は用意されているか。   大雨や氾濫、落雷、倒木等による停電や断線等により通信機器の機能喪失が生じる危険性がある。このような事態も想定し代替通信手段を確保しておくことが望ましい。 事例4
住民への情報周知手段 5 全住民に対する情報周知手段は準備されているか 水害時には、災害情報や避難勧告等の重要な情報を住民に伝えることにより、適切な避難や自衛水防活動を支援をすることが重要であり、全ての住民に対して確実かつ速やかに情報伝達できる手段を確保する必要がある。 強風・豪雨のため戸別訪問ができなくなる、道路の浸水等により広報車が動けなくなるといった事態も想定し、周知手段を用意しておく必要がある。 事例5
6 屋外スピーカー、広報車両等は豪雨・強風時にも各住民に対して十分に情報が伝わるか。 屋外スピーカーや古い屋内受信機については、豪雨等悪天候時に音声や広報内容が十分に聞き取れないものがある他、広報車については音声が聞き取り難いだけでなく浸水による通行不能の場合もある。このため、エリアメール等を活用した確実で迅速な通信手段の整備を図ることが望ましい。 事例6
水防資機材の備蓄 7 水防用の資機材は十分に備蓄されているか。 水害時に必要となる水防資機材についてはあらかじめ必要な量を想定し準備しておく他、家庭や事業所等の自衛水防のための資器材については各主体に備蓄を推奨することが必要である。 事例7
8 水に弱い備蓄資材等は浸水しない場所に備蓄されているか。 備蓄資機材については、浸水の危険性を考慮し、適切な場所に備蓄する必要がある。 事例8
危機管理業務を行う建物・執務室 9 危機管理業務を行う庁舎は浸水に対して安全な場所(浸水想定区域外)に立地しているか。 災害対策本部等の組織は水害時にも危機管理機能を確保できる場所に設置される必要がある。浸水想定区域内に立地している庁舎を災害対策本部等に使用する場合は、必要なスペースや機材を上階に設置する等、浸水時にも危機管理機能を継続する工夫が必要である。 事例9
10 非常用発電機、UPS、受電室等は上階等の浸水しない場所に置かれているか。 水害時の災害対策本部等の機能を確保するため、電力、通信機能等の最低限の機能が確保される必要がある。 事例10
11 対策本部の執務スペース、執務環境等は確保されているか。 災害対策本部は、職員や情報の出入りが多くなるが、その中でも効率的な業務が可能となるよう、十分な執務環境を確保することが必要である。 事例11
効率的な業務遂行 職員の参集 12 職員の参集ルールや連絡網・連絡方法が作成され、職員に対して周知されているか。 休日や夜間等における急な天候の変化や水害の発生等に対しても、必要な人員が参集できるよう連絡手段を含めたルールを作成するとともに、各職員に対して周知・徹底される必要がある。 事例12
13 参集記録表等の参集者の記録方法は準備されているか。 参集職員と交代要員等による効率的な作業を維持するため、人員の配置や労働時間の管理の基礎資料となる参集状況の把握・管理が必要である。 事例13
危機管理体制の立ち上げ 14 初動体制から災害対策本部への移行ルールや移行に当たっての業務担当は決まっているか。 被害の状況に応じて速やかに本部を立ち上げるとともに、体制に応じた業務を遂行するため、体制移行に係わる意思決定や業務担当者を明確にしておく必要がある。 事例14
危機管理業務の役割分担 15 災害対応時の各部署・各職員の業務内容・方法が、具体的に明示されているか。 職員が場当たり的な対応をせず、必要な業務を迅速に行えるように、各班や各職員の具体的業務内容や方法を定めておくことが必要である。 事例15
16 災害対応時の各職員の役割・業務内容は、バランス良く割り振られているか。 限られた人員で効率的な災害対応を行うため、人員に対して適切な業務分担や持ち場を定めておく必要がある。 事例16
17 職員の交替ルールは作成されているか。 水害の対応は数日にわたり体力・精神力を消耗するため、交代要員を確保し危機管理機能を維持する必要がある。 事例17
情報の収集・整理 18 災害対応時の電話による業務連絡には、専用電話番号を利用するルールが設けられているか。 水害時には、役場の代表電話番号には住民等から多くの問い合わせや依頼等が寄せられるため「話し中」の状態になりやすい。生命に関わる情報等の重要な連絡が滞ることのないよう、危機管理業務に電話を使用する場合は予め準備した専用番号を用いるよう、情報伝達ルールに定める必要がある。 事例18
19 発災時の住民等からの問い合わせ・情報提供等の窓口は設けられているか。 住民からの情報は水害状況に係るものの他、命に係る情報である場合があり、住民からの情報を受ける窓口を確保することが重要である。 事例19
20 住民等からの問い合わせ・情報提供等に対する応対ルールは決められているか。 多くの水害発生時には住民等から問い合わせ・情報提供等が殺到することが予想されるため、できるだけ短時間で効果的に対応するための方法を定めておく必要がある。 事例20
21 情報トリアージのルールは作成されているか。 住民等から寄せられる情報は重要であるが、効率的な災害対応のためには、全ての情報を画一的に扱うのではなく、各情報の重要性を考慮して取り扱う仕組みを準備しておく必要がある。 事例21
22 浸水時における市街地内等の被害状況等を把握する方法はあるか。 災害対応には現場の状況把握が重要となるが、浸水、土砂災害等により現場に入れない場合も想定した情報収集方法を準備しておく必要がある。 事例22
情報共有 23 関係機関の間での情報共有に関するルールは作成されているか。 水害対応においては、河川管理者、消防、警察、県等がそれぞれ取得した情報や活動状況を互いに共有することにより、連携しながら業務を行うことが重要となる。各機関において様々な情報が錯綜する中で効率的な情報共有をするため、明確なルールを設ける必要がある。 事例23
24 本部会議で示された情報や指示が各職員まで共有されるルールは作成されているか。 情報収集、分析・意思決定、現場対応が一元化され、各職員が共通の認識のもとで効率的に業務が行われる必要があるため、組織全体で情報や意思決定内容が共有される仕組みを設けることが重要となる。 事例24
25 現場情報や各職員が得た情報を本部職員に報告するルールが作成されているか。 現場や住民から得られる情報は重要であるが、確度の低い情報が多すぎると状況の分析や意思決定の支障になることがある。情報の集約、本部への報告方法等あらかじめ決めておくことが望ましい。また、現場写真などを活用してわかりやすく伝達する方法について検討することが望ましい。 事例25
26 職員交代・増員時の情報の引き継ぎルールは作成されているか。 職員の交代に際しては、先の職員に蓄積された情報やノウハウが次の職員に速やかに引き継がれる仕組みが必要である。 事例26
広報・マスコミとの連携 27 広報に関する責任者が決められているか。広報の内容、タイミング等ルールが決められているか。 災害対応において適切な情報発信が重要であるが、情報収集や現場対応に忙殺される中で情報発信が後手に回る場合が多い。このため、広報については特に責任者や担当部署を設けることにより、業務の確固たる位置づけを行う必要がある。 事例27
28 広報の際に、内容を正確・簡潔に伝えるためのマニュアル・定型文等を作成しているか。 正確、簡潔かつ分かりやすい広報文を速やかに作成・公表するため、マニュアル等を準備しておく事が望ましい。予め定型文等を用意しておき、要所要所にその時点の情報を当てはめる等の方法がある。 事例28
29 マスコミ対応やマスコミへの情報提供ルールが準備されているか。 マスコミ各社からの問い合わせに個別に対応するのは非効率である一方で、広報においてマスコミの協力は不可欠である。マスコミに積極的な広報を行うため情報内容や様式、タイミング等あらかじめ決めておくことが必要である。 事例29
情報の集約・状況分析 30 大判の地図、電子掲示板等の情報集約方法は準備されているか。 災害対応中には種々の情報を分析し適切な意思決定をする必要がある。このため、情報集約・分析を支援する機器や手段の準備が必要である。 事例30
31 災害対策本部は、地域特性や過去の災害時の知識・経験を持つ職員が、情報分析や大局的な判断に集中できる環境・人員配置となっているか。 集約された情報から現状把握をするととともに、今後の推移を想定しながら冷静かつ速やかな意思決定を行うため適切な業務体制や水害に関する習熟者の配置が必要である。 また、検討に専念できるよう、対策本部には電話対応や情報伝達のための専任の職員も配置する必要がある。 事例31
避難勧告等の発令 32 避難勧告や避難指示の発令等の客観的な基準が準備されているか。 主観的な判断で、災害の推移を見ながら適切なタイミングで避難勧告等をするのは容易でなく、事前に様々な想定を踏まえ河川水位等客観的な基準を決めておく必要がある。 事例32
33 地域単位での避難勧告等の発令基準を設ける等、避難勧告等の対象地域を迅速に特定する方法を用意しているか。 対象区域を特定せず広域に避難勧告等を発令すると、住民が自身の置かれている危険度を理解できず、危険な場所にいる住民までもが避難行動をとる動機が薄れかねない。このため、対象区域・対象者を迅速に特定する方法が必要である。 事例33
34 深夜・悪天候時等に避難勧告等を発令する場合の運用マニュアル等が準備されているか。 避難勧告等については、河川水位等の客観的な基準を設けるだけでなく、夜間に発災の可能性がある場合や悪天候時等、様々な条件を想定した運用マニュアルを準備し、状況に応じた判断や情報提供等を行える事が望ましい。 事例34
35 アンダーパス箇所等の冠水危険箇所について、予防的観点で早めの通行規制を行う仕組みを用意しているか。 アンダーパス箇所は、短時間の豪雨や河川からの溢水が流れ込む事により、急激に浸水する場合があるため、現地の浸水状況によらず降雨量や河川水位を参考に早めの通行規制を行う必要がある。またアンダーパス箇所の危険性について住民に平時から周知を行う必要がある。 事例35
災害時要配慮者への対応 36 高齢者等に配慮した情報伝達方法が準備されているか。 高齢者、外国人等の災害時要配慮者を考慮した多様な情報配信手段や情報の表現方法が必要である。 事例36
37 災害時要配慮者のリストや支援方法・体制は準備されているか。 適切な要配慮者への支援を行うためには、あらかじめ要配慮者の居住場所等を把握するとともに、避難時等における支援手段を準備しておく必要がある。 事例37
職員能力 38 職員研修等により危機管理に係わる機器の操作に関する習熟がされているか。初心者でも理解できるマニュアルが準備されているか。 職員が災害時用の情報システムや通信機器を使いこなせないと危機管理全体に支障が及ぶ。また、緊急時において業務が滞ることは致命的な事態を招きかねない。機器の取り扱いや個々の業務については担当の職員を決め、習熟を促す他、担当職員が欠けた場合でも補完が可能なように簡潔なマニュアル等を整備しておくことが必要である。 事例38
39 実践的な訓練等災害対応に関する職員教育が行われているか。 水害の頻度は数年~数十年に1回程度であり、自治体の個々の職員がその対応に当たった経験や知識は組織として蓄積されにくい。このため、災害対応の記録を蓄積するとともに、それをもとにした講習や実践的訓練の実施により知識や教訓を維持することが重要である。 事例39
業務支援の受け入れ 40 都道府県、近隣市町村等との協力協定が準備されているか。応援職員等の受け入れ体制や、避難に関する協力の協定が準備されているか。 災害の規模が大きくなると、被災自治体の対応だけでは不十分であり、周辺の自治体や府県等の支援を仰ぐ必要がある。スムーズに応援を受け入れられるよう協定や体制を準備しておく必要がある。 特に、浸水想定区域が広く市町村内で避難を完結させることが難しい自治体は、早期に周辺の自治体への避難を行えるよう、避難者の受け入れ協定の締結や体制の準備をしておく必要がある。 事例40
ボランティアとの連携 41 ボランティアの受け入れ窓口や体制、被災地のニーズとボランティアの供給を調整する仕組みはあるか。 水害後の復旧期においては、ボランティアの協力が必要とされる。ボランティアの受け入れ窓口を設けるほか、被災者のニーズとボランティアの特性・志向等を調整する仕組みが必要である。 事例41
避難所・避難場所 避難所・避難場所の指定 42 避難所・避難場所は浸水しない安全な場所にあるか。避難場所までの経路に危険な箇所は無いか。 水害時に使用される避難所・避難場所は浸水しない安全な場所にある必要があるほか、主な集落からの経路上に浸水、水路の増水や落石等の危険個所がないことが望ましい。 事例42
避難所の開設・運営 43 避難所の開設の基準、責任者等が決められているか。 避難所については避難勧告に先んじて速やかに開設される必要があり、開設の責任者、開設基準等を定め、確実な開設を行う必要がある。 また、予め定められた開設責任者が被災等で避難所に行けない場合の代替方法を定めておくことが望ましい。 事例43
44 避難所のペットの受け入れ方法等を定めた運営マニュアル、運営責任者等が決められているか。 避難生活が数日以上にわたる場合には、避難所の環境を良好に保つための運営が重要となる。このため、避難所に係る業務や責任者を明確にしておく必要がある。また、ペットを同伴する避難者もおり、アレルギーのある避難者や乳幼児等の安全を確保するための対策(ペット用のスペースを設ける等)についてのルールが必要である。 事例44
45 避難者の記録方法等、避難者の把握方法が準備されているか。 避難者の安全確保や安否確認のためにも、避難者の出入りを記録し、管理する仕組みが必要である。 事例45
避難所の生活環境 46 避難者に最低限必要な物資(着替え・タオル、食糧、飲料水等)を遅滞なく提供できるか。 雨の中、避難してきた住民等は衣服が濡れていたり、着替えの用意をしていない場合もある。避難者の健康の維持のためにも最低限の支給品は用意すべきである。 また、浸水や土砂崩れで避難所への物資輸送ができなくなる事態を想定し、避難所自体にある程度の食糧等備蓄品を備えておくことが望ましい。 事例46
47 避難所にエアコン等の空調機器はあるか。 水害が発生する梅雨から秋にかけては気温が上昇することも多く、学校の体育館等においては猛暑となることもある。避難者の健康の維持のためにも空調機器は必要である。 事例47
48 要配慮者へのケアは準備されているか。 避難者には高齢者、障害者、外国人等様々な人々が想定される。個々の避難者がより快適に、避難者間の摩擦を生じないよう、きめ細かな受け入れ態勢を整備することが望ましい。 事例48
49 避難者が求める情報を提供する仕組みが準備されているか。 避難住民等は外の被害状況や自分たちの家、生活等について情報を求めている。彼らの不安やストレスを軽減するためにも、有用な情報を提供することが重要である。 事例49
自助・共助 自助力・共助力の強化・支援 50 日頃から、水害に関する住民への情報(被害の想定、避難方法等)の提供は十分されているか。 住民等も水害に対する経験は少なく、どのような状況が想定され、どのような避難等行動をとるべきか十分理解されていない。日頃から、水害に関する情報提供、講習、実践的訓練等を行い、住民の自助力を強化する努力が必要である。 また、災害時には行政からの情報発信を遅延なく受け取っていただけるよう、情報がどのような手段で伝達されるかを周知する必要がある。 事例50
51 自主防災組織はあるか、機能しているか。 水害が大規模化、広域化等した場合には自治体等の対応力にも限界があり、要配慮者等への支援を地域の共助にゆだねざるを得ない。このため、自主防災組織の組織化・活性化等の支援が必要である。 事例51


参考文献